パブロワ,O.(読み)ぱぶろわ

世界大百科事典(旧版)内のパブロワ,O.の言及

【バレエ】より

…このとき《死(ひんし)の白鳥》などが踊られたが,これもその来日が早過ぎて,なんらの影響も与えるにいたらなかった。影響が大きく現れたのは,22年来日したアンナ・パブロワで,このとき初めて日本人はバレエというものに対して目を開かされた。それより前,高木徳子が1906年に渡米し,14年帰国,帝劇の本興行に参加して,ローシー振付演出の《夢幻的バレエ》に出演,初めて〈トー・ダンス〉なるものをみせた。…

※「パブロワ,O.」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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