パラーンタカ(読み)ぱらーんたか

世界大百科事典(旧版)内のパラーンタカの言及

【チョーラ朝】より

… 史実がより明らかになるのは9世紀以降である。パラーンタカ1世Parāntaka I(在位907‐955)は南部のパーンディヤを攻め,同国と盟友にあったスリランカ(セイロン)と対立を続けた。10世紀末~11世紀にはラージャラージャ1世(在位985‐1016),新都ガンガイコンダチョーラプラムを造営したラージェーンドラ1世(在位1016‐44)などの英主の下に栄えたが,その後チャールキヤ朝との抗争を繰り返し,南部のケーララ,パーンディヤ,スリランカとも事を構えた。…

※「パラーンタカ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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