《パリを焼く》(読み)ぱりをやく

世界大百科事典(旧版)内の《パリを焼く》の言及

【ヤセンスキー】より

…在学中から《飢餓の歌》(1922),《ヤコフ・シェラ譚》(1925)で詩人として出発。ポーランド共産党に対する弾圧を機にパリに亡命し,空想的政治小説《パリを焼く》(1928)を国際的ベストセラーにした。1929年ポアンカレ政府に逮捕され,ソ連に亡命,社会民主主義者を風刺した戯曲《マネキンの舞踏会》(1931),スパイ小説《人間は皮膚を変える》(1932)を発表した。…

※「《パリを焼く》」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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