パルマンティエ,A.A.(読み)ぱるまんてぃえ

世界大百科事典(旧版)内のパルマンティエ,A.A.の言及

【ジャガイモ】より

… ジャガイモ栽培はドイツでは,19世紀に入ると国策と印刷物による手引書の普及とあいまって飛躍的拡大をみせ,むしろ零細経営の農家や穀作に適さないやせた土地で成果をあげ,貧農や都市労働者を飢えから救った。他方,フランスでの普及は比較的遅く,七年戦争の際にプロイセンの捕虜となって食糧としてのジャガイモの価値を身をもって体験したパルマンティエAntoine Augustin Parmentier(1787‐1813)の貢献が大きい。東ヨーロッパへの伝播にはドイツ人植民者の役割が大きく,ロシアではツァーリが国有地農民にジャガイモの強制植付けを命じ,これに反対する農民の大規模な暴動が起こった(1840‐44)。…

※「パルマンティエ,A.A.」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

「歓喜の歌」の合唱で知られ、聴力をほぼ失ったベートーベンが晩年に完成させた最後の交響曲。第4楽章にある合唱は人生の苦悩と喜び、全人類の兄弟愛をたたえたシラーの詩が基で欧州連合(EU)の歌にも指定され...

ベートーベンの「第九」の用語解説を読む