パルマ公国(読み)ぱるまこうこく

世界大百科事典(旧版)内のパルマ公国の言及

【パルマ】より

…スタンダールの小説《パルムの僧院》で知られるパルマは,ローマの植民都市として発達し,12,13世紀には自由都市であったが,ミラノのビスコンティ家の領地を経て,1513年教皇領となる。45年,ファルネーゼ家出身の教皇パウルス3世は息子のピエル・ルイジに,ピアチェンツァとともにパルマ公国として与えた。以後1731年までファルネーゼ家の支配となる。…

※「パルマ公国」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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