ヒウェル・ザ(読み)ひうぇるざ

世界大百科事典(旧版)内のヒウェル・ザの言及

【ウェールズ】より

…ウェールズの諸首長は相次いでイングランド王を宗主と仰ぎ,その下風に立つにいたった。この中で10世紀前半親イングランド政策をとってウェールズの安定をはかり,慣習法の成文化を行ったヒウェル・ザが著名である。10世紀末からバイキングの攻撃は再び激しくなり,ウェールズは甚だしく荒廃したが,11世紀半ばグウィネッズ王グリフィズは,イングランド王エドワード懺悔王時代の混乱に乗じて,再三にわたってイングランド軍を破り,オファの塁壁をこえて東方に領土を拡大したが,彼も結局敗死した。…

※「ヒウェル・ザ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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