ひげ税(読み)ひげぜい

世界大百科事典(旧版)内のひげ税の言及

【ひげ(髭∥鬚∥髯)】より

… ヨーロッパ全体でも事情は同様で,17世紀後半から約200年間,ひげを軽んずる風潮が続いている。そしてこのひげの退潮期の17世紀末にヨーロッパを視察して帰国したロシアのピョートル1世は,みずからはさみを持って貴族廷臣らのひげを切り落とし,一連の法令を発して〈ひげ税〉を国民に強制した。けれども,もともと薄い髭しかなかった大帝は例外的で,スラブ民族は古来ひげを重んじており,ひげにまつわる神話や伝承も多く,法典《ルスカヤ・プラウダ》でも他人のひげを引き抜くことに高額の罰金刑を科していたし,ひげのない男の誓いは信用されなかったばかりでなく,16世紀半ばには〈正教徒たる者,ひげをそるべからず〉という法令さえ出たほどである。…

※「ひげ税」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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