ビシュヌクンディン朝(読み)びしゅぬくんでぃんちょう

世界大百科事典(旧版)内のビシュヌクンディン朝の言及

【アーンドラ美術】より

…サータバーハナ朝(アーンドラ族)が関与した美術を指すこともあるが,一般的には南インド東海岸のクリシュナ,ゴーダーバリー両川の下流域のアーンドラĀndhra地方(現在のアーンドラ・プラデーシュ州の一部)の美術の総称として用いられている。この地方の造形活動は1世紀ごろ始まったと考えるのが有力で,北西デカンを支配していたサータバーハナ朝がこの地方に進出する2世紀前期から急速に仏教美術が興隆した。その遺跡としては,アマラーバティーを筆頭に,ジャッガヤペータJaggayyapeta,ゴーリ,バッティプロール,ガンタシャーラなどが知られ,いずれもクリシュナー川に沿って点在している。…

※「ビシュヌクンディン朝」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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