ビジャヤナガル(読み)びじゃやながる

世界大百科事典(旧版)内のビジャヤナガルの言及

【ビジャヤナガル王国】より

…サンガマSangama朝(1336‐1485),サールバSāluva朝(1486‐1505),トゥルバTuluva朝(1505‐69),アーラビードゥĀravīdu朝(1569‐1649)という,血統の異なる四つの王統によって継承された。ハリハラHarihara,ブッカBukka2兄弟が創建したといわれる王国は,ハンピ(現,カルナータカ州ベッラーリ県)近郊のビジャヤナガルVijayanagar(〈勝利の町〉の意)を首都としたが,その後,ペヌコンダ,チャンドラギリ,ベロールに遷都した。王領はクリシュナー,トゥンガバドゥラーの両河地域を中心に,16世紀初頭の最盛時には,東はベンガル,オリッサ,西はデカン地方西部,南はセイロンにまで及んだ。…

※「ビジャヤナガル」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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