ビッツアー,B.(読み)びっつあー

世界大百科事典(旧版)内のビッツアー,B.の言及

【グリフィス】より

…400本余りの短編をつくったのち,《カビリア》(1913)など,イタリアの長編史劇の影響を受けてアメリカ最初の4巻もの《ベッスリアの女王》(1914)などに続いて,12巻3時間の大作《国民の創生》(1915)を完成。〈映画の文法〉はグリフィスによって創造されたといわれるとおり,グリフィスは,カメラマンのビリー・ビッツアー(1872‐1944)の協力を得て,クローズアップ,ロングショット,フェイド,アイリス,ソフトフォーカス,移動,その他カメラによる表現技法によって,〈動く画面〉を通じて物語る真に〈映画的〉な技術を発見した。とりわけ,短いカットをモンタージュする〈ラピッド・カッティング〉と,離れた場所で同時に起こっているできごとを並行的につないで見せる〈パラレル・モンタージュ〉(いわゆる〈カット・バック〉)の発明は,劇映画を発展させた重要な功績とされる。…

※「ビッツアー,B.」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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