ビバーン・アルムルーク(読み)びばーんあるむるーく

世界大百科事典(旧版)内のビバーン・アルムルークの言及

【王家の谷】より

…上エジプトの古代都市テーベのナイル川西岸にある新王国時代の王墓地。現地名はビバーン・アルムルークBibān al‐Mulūk。リビア砂漠のはずれ,ディール・アルバフリーの断崖のすぐ背後の北へ開くワーディー(涸れ谷)の奥にあり,第18王朝第3代トトメス1世から第20王朝最後の王ラメス11世まで,アマルナに王墓を造営したイクナートンを除き,すべての王墓が造営された。…

※「ビバーン・アルムルーク」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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