世界大百科事典(旧版)内のビーダーマン,J.の言及
【ドイツ演劇】より
…南から入ってきたイタリアのコメディア・デラルテの影響もあり,ハンスブルストやハレキンなどの民衆に親しまれる道化も生まれた。また16世紀半ばから17世紀半ばまでは,宗教改革に反撃するカトリック教団内での演劇も行われたが,とくにイエズス会で,布教の目的で行われた演劇が,ビーダーマンJacob Bidermann(1578‐1639)の《ツェノドクスス》(1602初演)のような,バロックの世界観に裏付けられた水準の高い劇を生み出している。皇帝の即位などの機会に行われた大祝祭行列も,劇場を世界とみるバロック劇の理念を体現しているといえよう。…
【バロック劇】より
… 地上の存在が仮象にすぎぬとすれば,永生,すなわち真の実在は天国にしかない。この考え方を最もよく体現しているのは,反宗教改革運動の先頭を切った教団で行われた教団劇であり,とくにイエズス会の演劇は1550‐1650年の間にひじょうな発展を遂げ,ビーダーマンJakob Biedermann(1578‐1639),ポンターヌス,アバンチーニなどが活躍した。イエズス会演劇では残酷な場面をもつ殉教者劇も,布教の目的でしばしば上演された。…
【バロック文学】より
…これら先進諸国では国家統合が遂行されていたため,文化の主要領域である文学は共通の了解のもとに創作受容されていったのに対し,ドイツは約300の領邦国家であり,三十年戦争の影響もあって,地域的差異は大きく,文学生産は多様を極めた。南部のカトリック圏では人文主義時代と変わらずラテン語文学が優勢を占め,劇作家ビーダーマンJakob Biedermann(1578‐1639)や詩人バルデJakob Balde(1604‐68)らがおり,反宗教改革の傾向も強い。帝国都市ニュルンベルクにはハルスデルファーGeorg Philipp Harsdörffer(1607‐58)を筆頭に高踏的な〈牧人と花の結社〉(1644)の詩人たちがおり,東部シュレジエンではオーピッツをはじめにローガウFriedrich von Logau(1604‐55),ゲールハルト,グリューフィウス以下ルター色の濃い詩人劇作家が輩出し,辺境でありながらこの時代の文学的中心地の観があった。…
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」