フメリニツキーの乱(読み)ふめりにつきーのらん

世界大百科事典(旧版)内のフメリニツキーの乱の言及

【フメリニツキー】より

…48年ザポロージエのコサックとこれに協力したクリム・ハーン国の軍を率いて北上し,コルスンの戦でポーランド軍を破った。これがいわゆる〈フメリニツキーの乱〉の始まりである。ポーランド軍を破ったフメリニツキーはクリスマスの日にキエフに凱旋し,民族の解放者,正教信仰の守護者として市民の歓迎を受けた。…

※「フメリニツキーの乱」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

立春から数えて 88日目で,現行暦では5月2日頃にあたる。八十八夜を過ぎればもはや晩霜も終りになるので,農家ではこれを種まきや茶摘み,その他の農作業開始の基準としている。日本では明暦3 (1657) ...

八十八夜の用語解説を読む