世界大百科事典(旧版)内の《フランス革命の省察》の言及
【バーク】より
…東インド会社の乱脈な経営と民衆への圧政に抗議して《フォックスのインド法案》《アルコット大守の負債》の演説を行い,晩年の十数年はインド圧政の責任者ヘースティングズの弾劾裁判に全力を傾注した。 かねてイギリス流の開明的立憲主義の原理を信奉して,フランスの民主主義と平等の理念に不信を感じていた彼は,フランス革命が勃発するや,フォックスやシェリダンら彼の長年のホイッグ党内の盟友が,これをフランス国民の解放として歓迎したのと対照的に,最も早くからこれを伝統的なヨーロッパ秩序への挑戦と受けとめて《フランス革命の省察》(1790)を書き,長年の盟友と決別して党を分裂に導いた。自己の信念を《旧ホイッグへの上訴》で明らかにするとともに,《国民議会議員への手紙》で積極的な革命干渉を唱導して,ジャコバン独裁下のフランスに反対するイギリスの国論の形成に圧倒的影響を与えた。…
【保守主義】より
…しかし,それにもかかわらず少なくとも成立期の保守主義には一定の共通項があった。それを定式化したのは,イギリスの政治家・政治思想家E.バークがフランス革命を批判して書いた《フランス革命の省察》(1790)である。 その中でバークは,革命フランスの本質を,新興の貨幣所有階級が貴族・僧侶の支配する伝統秩序を打破して自己利益を拡大するため,抽象的思弁を売物にする啓蒙思想家たちと手を組み,大衆を扇動して引き起こした破壊行動と断じた。…
※「《フランス革命の省察》」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」