フンカール・イスケレシ(読み)ふんかーるいすけれし

世界大百科事典(旧版)内のフンカール・イスケレシの言及

【ウンキャル・スケレッシ条約】より

…1833年7月8日オスマン帝国スルタン,マフムト2世とロシア皇帝ニコライ1世との間で締結された相互援助条約。ウンキャル・スケレッシUnkiar‐Skelesi(トルコ語でフンカール・イスケレシHünkār İskelesi)はボスポラス海峡のアジア岸ベイコスの北にある小村で,エジプトのムハンマド・アリーの反乱に際し,マフムト2世の要請にこたえ,ロシア軍はこの地に上陸した。反乱収拾後,この条約が,ロシア側の英仏に対する牽制とオスマン帝国側のムハンマド・アリーに対する防御の必要から同地で締結された。…

※「フンカール・イスケレシ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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