フーリエ主義(読み)ふーりえしゅぎ

世界大百科事典(旧版)内のフーリエ主義の言及

【フーリエ】より

…しかし,〈ファランステールphalanstère〉と称する共同体住居の設置による新社会構築の計画をあきらめることなく,22年には最大の著作《家庭・農業組合概論》を,29年には《産業・組合新世界》を発表し,篤志ある資産家たちへの空しい呼びかけを繰り返す。晩年にはP.V.コンシデランら弟子を自称する人々があらわれ,〈フーリエ主義Fouriérisme〉運動が創始されるが,フーリエ自身は彼らにも自説が十分に理解されていないことを自覚しつつ,不遇のままパリで没した。以後この運動は欧米各地で断続的に試みられ,ある程度の成果をあげる。…

※「フーリエ主義」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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