ベスティア,L.C.(読み)べすてぃあ

世界大百科事典(旧版)内のベスティア,L.C.の言及

【ユグルタ】より

…ローマの調停で王国を折半した後も紛争は続き,ユグルタは元老院に逆らってアドヘルバルを打倒(前112),ローマは宣戦布告する(ユグルタ戦争)。開戦早々名門出身のコンスル,ベスティアLucius Calpurnius Bestiaとの間に講和が成立したが,これはユグルタによる貴族買収との疑惑を呼び,グラックス兄弟の改革圧殺以来くすぶっていたローマ民衆の反貴族感情に火をつけ,疑惑の解明と戦争継続を叫ぶ平民派(ポプラレス)の台頭をもたらした。ユグルタは証人としてローマに召喚されるが,尋問に至らぬまま帰国,戦争は再開され,彼は農民,辺境遊牧民などの支持を得てメテルスQuintus Caecilius Metellus Numidicus,マリウス指揮下のローマ軍を相手に善戦したが,同盟者マウレタニア王の裏切りでローマに引き渡され(前105),処刑された。…

※「ベスティア,L.C.」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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