ベダイリーヤ(読み)べだいりーや

世界大百科事典(旧版)内のベダイリーヤの言及

【スーダン】より

…これらアラブ系部族のイスラム首長国(マシュヤハMashyakha)が,キリスト教王国の衰退につれてナイル川流域にいくつも成立していき,オスマン帝国のエジプト支配(1517)と同じ頃,それら首長国を統合してフンジFunj王国(1515‐1821)が成立,青ナイル川流域センナールSennārを中心にしてナイル川第3急湍以南両ナイル合流域にかけてイスラムにもとづく統治が始まった。このとき,ナイル川周辺の一部アラブ系部族が白ナイル川西岸のコルドファンに移動,アラブ系遊牧民(バッカーラBaqqāra,ベダイリーヤBedaylīya等)として定着した。一方,ダルフールのマッラ山脈周辺に,フール族がバッカーラ遊牧民などを服属させ,やはりイスラム王国を名のるダルフール王国(1596‐1874)が成立,ダルフール,コルドファンからバフル・アルガザルに至る地域にかけて支配した。…

※「ベダイリーヤ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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