ベナルカサル,S.de(読み)べなるかさる

世界大百科事典(旧版)内のベナルカサル,S.deの言及

【エル・ドラド】より

…この伝説はボゴタのチブチャ族の首長が年に1度グワタビタ湖の霊に供物をささげ,体中に金粉を塗って沐浴するという儀式に発し,スペイン人がそれを歪曲・誇張して作り上げたものとされる。エル・ドラドを求めて数多くの遠征隊が組織されたが,とりわけ有名なのはケサダGonzalo Jiménes de Quesada(1500?‐79)麾下の北方(サンタ・マルタ)からの遠征隊,ベナルカサルSebastián de Benalcázar(1480‐1551)指揮のキトからの遠征隊とドイツ人フェーダーマンNicolaus Federmann(1501‐42)が率いたベネズエラからの遠征隊である。ケサダはマグダレナ川流域を遡行し,チブチャ族を征服してサンタ・フェ・デ・ボゴタを建設した(1538)。…

【カリ】より

…人口171万8871(1995)。1536年S.ベナルカサルが,カウカ河谷の肥沃な山地部の標高1063mの地に創設した。かつては製糖業が主要な産業であったが,20世紀に入るとパナマ運河とブエナベントゥラへの鉄道の開通によってカウカ河谷の産業の中心として急速に成長した。…

※「ベナルカサル,S.de」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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