ベルトホルト・フォン・ヘンネベルク(読み)べるとほるとふぉんへんねべるく

世界大百科事典(旧版)内のベルトホルト・フォン・ヘンネベルクの言及

【帝国改革】より

… このような多様な改革案が提出されたが,いずれも皇帝と領邦権力の対立のなかでなんの効果ももちえなかった。1495年のウォルムスの帝国議会でマインツ選帝侯ベルトホルト・フォン・ヘンネベルクBerthold von Henneberg(1441か42‐1504)を先頭にして領邦権力は国王に代わって統治する帝国統治院Reichsregimentの設置を提案したが,国王などの反対にあって実現しなかった。しかしこの議会において永久ラント平和令が制定され,私闘権(フェーデ)を完全に廃棄し,民間人だけでなく帝国等族にもいっさいの自力救済を禁止し,裁判手続のみを認めたことは法共同体としての国家にとっては大きな意味をもっていた。…

※「ベルトホルト・フォン・ヘンネベルク」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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