世界大百科事典(旧版)内のベルトラン・ド・ボルンの言及
【トルバドゥール】より
…彼の〈陽の光を浴びて雲雀(ひばり)は〉は最高傑作とされている。そのほか,ベルトラン・ド・ボルンBertrand de Born,女流のディ伯夫人,司教となったフーケ・ド・マルセイユらがいる。(3)1220‐70 アルビジョア十字軍が南フランスを荒廃させた時期で,トルバドゥール芸術の変質が始まる。…
【プロバンス文学】より
…この新しい文学の招来については,特に南仏最大の恋愛詩人ベルナール・ド・バンタドゥールと,彼を庇護した才女アリエノール・ダキテーヌの功績を挙げねばならぬ。こうした機運に乗って12世紀後半にはマルカブランMarcabrun,ランボー・ドランジュ,アルノー・ダニエル,ペール・ビダル,ベルトラン・ド・ボルンBertran de Born,ランボー・バケイラなどのすぐれた詩人が輩出し,恋愛詩canson,風刺詩sirventès,対話詩tensonなどに技量を競い,トルバドゥール文学の黄金時代を迎えた。しかしこの文学も,異端アルビジョア派撲滅を目指す十字軍(1209‐29)戦役における南仏諸侯の敗退と宮廷の没落とによって衰退した。…
※「ベルトラン・ド・ボルン」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」