ペラゴニアの戦(読み)ぺらごにあのたたかい

世界大百科事典(旧版)内のペラゴニアの戦の言及

【アカイア大公国】より

…首都はアンドラビダ。ギヨーム1世(在位1205‐09),ジョフロア1世(在位1209‐29),ジョフロア2世(在位1229‐46)の領土拡大戦争をギヨーム2世(在位1246‐78)はモネムバシア占領(1248)で完成するが,ビザンティン皇帝ミハエル8世パライオロゴスにペラゴニアの戦で敗れて捕虜となり(1259),同市のほか,ミストラ,マイナ,イエラキオン移譲と引換えで身柄を釈放された(1261)のち,失地回復のためシチリアのシャルル・ダンジューの封建家臣となった。以後大公国はアンジュー朝の封建領土化した。…

※「ペラゴニアの戦」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

梅雨の季節に入ること。つゆ入り。毎年6月中旬~7月中旬の約1ヵ月間,九州から東北地方は梅雨の季節に入る。これは,北方のオホーツク海高気圧と南方の小笠原高気圧とに挟まれて,揚子江流域から九州,四国,本州...

入梅の用語解説を読む