ペロ・デ・コビリャン(読み)ぺろでこびりゃん

世界大百科事典(旧版)内のペロ・デ・コビリャンの言及

【大航海時代】より

…ジョアン2世はこれを伝説上のキリスト教徒の王プレスター・ジョンの王国であると考え,彼と接触しようとした。87年にバルトロメウ・ディアスを海路で,ペロ・デ・コビリャンらを陸路で同地に派遣した。ディアスは嵐の岬(のち喜望峰と改名)を発見して帰国したが,コビリャンはエチオピアに到達して国王に引き止められ,帰国することができなかった。…

※「ペロ・デ・コビリャン」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

政府首脳が外国を訪問した際の会談内容や合意事項を記した外交文書。法的拘束力は持たないが,その内容は両国を事実上拘束する。類似のものに共同発表 joint statementがあるが,これはより記録的な...

共同声明の用語解説を読む