《ペーター・カーメンツィント》(読み)ぺーたーかーめんつぃんと

世界大百科事典(旧版)内の《ペーター・カーメンツィント》の言及

【ヘッセ】より

…以後,書店員見習,機械工見習などさまざまな職場を転々とするかたわら文学修業に努め,22歳で詩集《ロマン的な歌》《真夜中後の一時間》(1899),24歳で《ヘルマン・ラウシャー》(1901),25歳で《詩集》(1902)を出し,念願の詩人としての道を歩み始める。彼の出世作は《ペーター・カーメンツィント》(1904,邦訳名《青春彷徨》《郷愁》)で,魂のロマン的な憧憬とみずみずしい自然感情が自然主義文学に飽きてきた当時の読者に迎えられた。作家として独立し結婚(1904),新居をボーデン湖畔の小村ガイエンホーフェンに構えて創作に専念し,《車輪の下》(1906),《ゲルトルート》(1910,邦訳名《春の嵐》)刊行。…

※「《ペーター・カーメンツィント》」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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