ボスナ・セライ(読み)ぼすなせらい

世界大百科事典(旧版)内のボスナ・セライの言及

【サラエボ】より

…オスマン・トルコは,1430年ころボスニア陥落前にこの地を占拠し,征服地ボスニアの州都とした。16世紀初頭から宮殿を意味するペルシア語セライ,サライまたはボスナ(ボスニアの原音)・セライと呼ばれたが,その後形容詞形のサラエボが現在にいたる呼称となった。16世紀ボスニア最初の州知事イサク・ベグは左岸にツァーレバ(皇帝)・モスクなど多くの公共建造物で町づくりを始め,ガジ・フスレフ・ベグは対岸のバーザールのかたわらに国内最大の美しいフスレフ・ベグ・モスクを加えた。…

※「ボスナ・セライ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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