ボランドゥス学派(読み)ぼらんどぅすがくは

世界大百科事典(旧版)内のボランドゥス学派の言及

【教会史】より

…しかしカトリックのバロニウスCaesar Baronius(1538‐1607)は,いっそう多くの史料による総合的研究に基づいて,1198年までの《教会年譜》12巻を公刊し,この見解を反駁した。 学術的教会年譜の作成は,その後他の歴史家によって継続され,教会史への新たな興味を喚起したので,17~18世紀には,イエズス会のボランドゥス学派やベネディクト会のマウリーニ学派らによる膨大な年譜が作成され,数多くの教会史家が輩出した。古代,中世の年代史家chroniclerが多少自分の見解を入れたのに比べ,16世紀以来の年譜作者annalistは,史実にできるだけ忠実であろうとする客観性を重視した。…

※「ボランドゥス学派」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む