世界大百科事典(旧版)内のポルトガル青年団の言及
【サラザール】より
…翌33年新憲法を公布し,組合主義的権威主義的〈新国家(エスタード・ノボ)〉体制を樹立した。国内の左右の反体制運動を弾圧し,36年スペイン内乱が始まると,首相,蔵相のほかに国防相,外相を兼任して権力を一身に集中し,体制防衛のために二つのファシスト的団体〈ポルトガル軍団〉と〈ポルトガル青年団〉を組織した。40年にはローマ教皇庁と協約を結んで,第一共和制下に失墜した教会の権威を回復することによって,軍部,資本家・銀行,教会を基盤とする独裁体制を確立した。…
【ポルトガル】より
…アクシヨン・フランセーズの右翼思想の強い影響を受けたサラザールは,翌33年組合主義的〈新国家〉体制を樹立し,国民同盟による一党独裁制を確立した。36年隣国スペインに内戦が勃発すると,反共体制を固めて〈ポルトガル青年団〉を組織するなど,ファシズムへの傾斜を強めた。第2次世界大戦では中立を守りながらも親枢軸国政策を採ったが,戦況が不利に展開し始めると連合国側に接近していった。…
※「ポルトガル青年団」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」