《ポール・ロアイヤル》(読み)ぽーるろあいやる

世界大百科事典(旧版)内の《ポール・ロアイヤル》の言及

【サント・ブーブ】より

…しかし詩人・小説家たらんとする夢は,しだいに批評家としての自覚に席を譲ってゆく。1830年ごろから時評のほかに,伝記的方法による作家論を書き始め(《文学的肖像》《女性の肖像》など),37‐38年にスイスで行った公開講座にもとづく大著《ポール・ロアイヤルPort‐Royal》(1840‐59)では,17世紀にポール・ロアイヤル修道院に集まった隠士たちの内密な信仰生活を中心に,この修道院に関する全体をいわば1人の人物の肖像画のようにして描いた。49年から死の年まで《コンスティテュシヨネル》紙その他に毎週月曜に発表しつづけた批評(《月曜閑談Causeries du Lundi》15巻,1851‐62,《新月曜閑談》13巻,1863‐70)は,判断より理解と説明に基軸を移した〈近代批評〉を確立した金字塔である。…

※「《ポール・ロアイヤル》」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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