マシャト・ヒュユク(読み)ましゃとひゅゆく

世界大百科事典(旧版)内のマシャト・ヒュユクの言及

【ヒッタイト】より

…一方,考古学の分野では,1931年,ビッテルK.Bittelがボアズキョイの調査を再開,現在まで《ボアズキョイ=ハットゥサ》をはじめとする報告書を発表,貴重な史料を提供している。近年では,マシャト・ヒュユクの調査で,新たにヒッタイトの粘土板文書百数十枚が発見され,学界の注目を集めている。
【歴史,社会,文化】

[インド・ヨーロッパ語系諸族の移動とクッシャラ王国]
 ヒッタイト族をはじめとするインド・ヨーロッパ語系諸族の一派が小アジアへ移動した時期は,前2000年前後と推定されている。…

※「マシャト・ヒュユク」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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