世界大百科事典(旧版)内のマッテオッティ事件の言及
【反ファシズム】より
…労働同盟は同年夏にゼネストでファシズムに対抗するが,逆にファシストの攻撃をうけて失敗し無力化した。22年10月ムッソリーニ内閣が成立した後,24年に発生したマッテオッティ事件が反ファシズムの歴史のなかで重要なものとなった。統一社会党の国会議員マッテオッティがファシストに暗殺されたことに抗議して,社会党,人民党,自由主義諸派,共産党の反ファッショ諸政党は分離議会(アベンティーノ議会と称した)を結成,この議会の正統性を主張してムッソリーニ内閣に退陣を迫った。…
※「マッテオッティ事件」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」