世界大百科事典(旧版)内のマラーター王国の言及
【シバージー】より
…インド中・西部デカン地方を中心とするマラーター王国の創始者。南インドのビジャープル軍の一将軍であったシャーハジーを父とし,17世紀半ばころから西インドのマラーター農民らを軍事的に組織し,騎馬軍団とゲリラ戦術で周辺の諸国を打ち破り,プネーを中心に一大勢力を築いた。…
【ペーシュワー】より
…インドのマラーター王国の宰相のこと。元来王国創建者シバージーの8大臣中の一つの官職名であった。…
【マラーター】より
…これらを総計すればマハーラーシュトラ地方の人口の50%になる。このうち〈真正マラーター〉と呼ばれるものはマラーター王国の支配者層の96家族(この数字には論議がある)からなるとされ,クシャトリヤ・カースト(バルナ)としてラージャスターン地方のラージプート族と関連あるともいわれる。しかし社会学者I.カルベーによれば,マラーターとクンビーの間には結婚に関し一定の区別がみられるが,全体としてその差異は縮小され,ほとんどのクンビーはみずからをマラーターと称するといい,現実にマラーター=クンビーと並列させたカースト名を用いることが多い。…
※「マラーター王国」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」