世界大百科事典(旧版)内の《マンスリー・レビュー》の言及
【スウィージー】より
…ハーバード,ロンドン,ウィーンの諸大学に学び,のちハーバード大学の助手となったが,思想上の理由により大学を去った。1949年以来,L.ヒューバーマン(彼の死後はH.マグドフ)とともに月刊誌《マンスリー・レビューMonthly Review:An Independent Socialist Magazine》の編集者として幅広い評論活動を続けている。近代経済学者としての彼の名を高めた論文《寡占状態における需要》(1939)において寡占価格の硬直性を説明した屈折需要曲線の理論を提示して寡占企業の行動の分析に一石を投じたが,彼の関心は,ミクロ的な静態論からマクロ的な動態分析へと進み,ケインズ経済学の内在的批判を通じてマルクス経済学に傾いていった。…
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」