マーレーギッティ・シバーラヤ寺(読み)まーれーぎってぃしばーらやじ

世界大百科事典(旧版)内のマーレーギッティ・シバーラヤ寺の言及

【バーダーミ】より

…インド南西部,カルナータカ州北部の村落で,かつてはバーターピVātāpiと呼ばれて初期チャールキヤ朝の都として栄えた。南の丘の北斜面に四つの石窟があり,東端の第4窟がジャイナ教窟,他はヒンドゥー教窟である。最も規模の大きい第3窟に578年開掘の刻文があり,第1,2両窟もほぼ同時代である。壁面の神話図などの高浮彫や列柱持送りのミトゥナ像はしなやかで力強く,天井にもすぐれた浮彫がある。第3窟軒下の宮廷の情景を描いた壁画断片も貴重である。…

※「マーレーギッティ・シバーラヤ寺」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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