ミハエル・グリュカス(読み)みはえるぐりゅかす

世界大百科事典(旧版)内のミハエル・グリュカスの言及

【ビザンティン文学】より

… 12世紀をもって,民衆用語で書かれ,大都会を背景に自らの時代と向きあう一文学が現れる。恐妻物語,売文詩人譚,哀れな修道士,むだな教育,を内容とする詩作品で,著者が教養文学のテオドロス・プロドロモスと同一人物かどうか論争がある,いわゆる《プトコプロドロミカ(哀れな先駆け4人の作品)》,実生活についての,著者不詳の教訓詩《スパネアス》,そして教養文学作品《世界年代記》の著者でもあるミハエル・グリュカスMichaēl Glykas(?‐1204ころ)のいわゆる獄中詩,の3点がそれである。 低迷期の13世紀を経て,14~15世紀に相次いで現れる民衆文学作品の筆頭に挙げられるべきは,民衆用語による三大恋愛ロマン詩作品,《カリマコスとクリュソロエ》《ベルタンドロスとクリュサンツァ》《リュビストロスとロダムネ》である。…

※「ミハエル・グリュカス」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む