世界大百科事典(旧版)内のみめよりの言及
【金鍔】より
…形が刀の鍔に似ていたためこの名があったといい,金鍔はその後身とされる。江戸では寛延・宝暦(1748‐64)ころまでは麴町に1軒だけ金鍔を売る店があり,享和(1801‐04)になって浅草の馬道で〈みめより〉と名づけた新製品を売り出した。このころはすでに小麦粉の皮になっていたと思われ,みめよりは上質のあんを使った方形のものであった。…
※「みめより」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」