ミール・マフムード(読み)みーるまふむーど

世界大百科事典(旧版)内のミール・マフムードの言及

【ギルザイ】より

…彼らの一派はインドに入ってデリーにハルジー朝(1290‐1320)を建てた。また1722年にはギルザイのホタキー族の族長ミール・ワイスの子ミール・マフムードMīr Mahmūd(1699‐1725)が,サファビー朝の都イスファハーンを占領した。しかし統一されたことがないため,ドゥッラーニー系によるアフガニスタン建国以後は,歴史の主役になっていない。…

※「ミール・マフムード」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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