ムスタファ・コチ・ベイ(読み)むすたふぁこちべい

世界大百科事典(旧版)内のムスタファ・コチ・ベイの言及

【トルコ文学】より

…一方,ムスタファ・アーリー(?‐1606),ペチェビー(?‐1650),シラフダール(?‐1723)は,より簡素な文体で同時代史を記録し,キャーティプ・チェレビー,ナイーマ・エフェンディー(ムスタファ・ナイーム)は,独特の歴史哲学を確立した。またエウリヤ・チェレビーの旅行記,ムスタファ・コチ・ベイMustafa Koç Bey(生没年不明)のスルタンへの建白書などは,虚飾のない実務的な文体が特徴的である。 後期(18~19世紀前半)には,オスマン帝国の衰退にともない,文学活動も低調になり,ネディム,ガーリブ・デデGhālib Dede(1755‐98)が,古典詩の最後を飾ったにとどまる。…

※「ムスタファ・コチ・ベイ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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