ムハンマド・ブン・ムハンマド(読み)むはんまどぶんむはんまど

世界大百科事典(旧版)内のムハンマド・ブン・ムハンマドの言及

【蹄鉄】より

…五代後晋の廷臣高居誨(こうきよかい)の《于闐(うてん)国行程録》(942ころ)にその装着法が記されており,ひづめに穴をあけ,ひもでつづる一種の馬沓(うまぐつ)であったことが判明する。 装蹄技術については,西アジアでムハンマド・ブン・ムハンマドが《馬の書》(15世紀以後成立)を著し,ある程度解説を加えているが,東アジアではヨーロッパ人が装蹄技術を伝えるまでは本格的な蹄鉄は普及しなかった。ただ例外的に李氏朝鮮下で尹弼商(いんひつしよう)なる者が代葛(だいかつ)と称する氷上蹄鉄(鉄臍(てつさい)蹄鉄)を発明し,行軍に役だてている。…

※「ムハンマド・ブン・ムハンマド」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む