ムバーラク・シャー(読み)むばーらくしゃー

世界大百科事典(旧版)内のムバーラク・シャーの言及

【サイイド朝】より

…ティムールと同盟し,ティムールによってムルターン,パンジャーブ両地の支配者に任じられていたヒズル・ハーンKhizr Khānは,トゥグルク朝最後の王が1413年に死んだあとデリーを占領し,ここにサイイド朝を創建,14‐21年の間王位にあった。次のムバーラク・シャー(在位1421‐34)の時代には名目上もティムール朝の支配を脱し,一時的ながらパンジャーブ地方や北インドのドアーブ地方を支配したが,全体として,この王朝はデリー・サルタナットの中で最も勢力が弱く,末期には,その支配領域が〈デリーからパーラム(現在のデリー市南郊の空港があるところ)まで〉とざれ歌にいわれたほどであった。51年ローディー朝に取って代わられた。…

※「ムバーラク・シャー」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

[名](スル)一定の主義・主張がなく、安易に他の説に賛成すること。「多数派に付和雷同する」[補説]「不和雷同」と書くのは誤り。[類語]矮人わいじんの観場かんじょう・同意・賛同・支持・賛成・雷同・便乗・...

付和雷同の用語解説を読む