メシカ文化(読み)めしかぶんか

世界大百科事典(旧版)内のメシカ文化の言及

【アステカ文化】より

…しかし,アステカ族はのちに,メシトリ神をあがめる人を意味する〈メシカMexica〉と称した。現在の国名メヒコまたはメキシコはこの名に由来しており,研究者の間では,この文化をメシカ文化と呼ぶ方が一般的である。メシカ族は,またメシカ王国の都の名をとってテノチカとも称していた。…

【メソアメリカ】より

テオティワカン文化が前期の代表であり,後期は史上最も多彩な文化を開花させた活気に満ちた時期で,トルテカ文化マヤ文化が代表的である。続く〈後古典期〉(前期は1000‐1350年,後期は1350‐1521年)はメキシコ北部乾燥地帯から侵入するチチメカ族の起こす混乱と,そのなかから生まれてくる文化を特色とし,メシカ文化が代表的である。16世紀前半,この地域はスペインによって征服され,メソアメリカ文化は大きく変容する。…

※「メシカ文化」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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