世界大百科事典(旧版)内のモスクワ覚書の言及
【オーストリア】より
…これらの少数民族の存在は〈諸民族の牢獄〉といわれたかつてのオーストリア・ハンガリー二重帝国の遺産であるが,現在のオーストリアが圧倒的に多数を占めるドイツ民族から成る国家である事実を変えるものではない。 国家条約が4国とオーストリア国家とにより批准されたあと,オーストリア国会は,ラープらのモスクワ訪問の結果5月15日に発表された〈モスクワ覚書〉で約束したとおり,永世中立を宣言する憲法法規を可決した。オーストリアの中立化は,〈モスクワ覚書〉によってオーストリアがソ連に約束した義務であり,この憲法法規は,ソ連の同意がないかぎり,オーストリア1国だけの意志で変更または廃棄することはもはやできなかった。…
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」