モハンマド・アリー・シャー(読み)もはんまどありーしゃー

世界大百科事典(旧版)内のモハンマド・アリー・シャーの言及

【イラン立憲革命】より

…しかし,07年8月,イギリスとロシアがイラン議会を無視して,イランをおのおのの勢力圏に分割する協定(英露協商)に調印すると,国内の反立憲派の巻返し活動がにわかに活発化した。08年6月23日には,唯一の西欧式部隊であるコサック旅団を擁したモハンマド・アリー・シャーMoḥammad ‘Alī Shāh(1872‐1925,在位1907‐09)のクーデタが成功し,議会は解散させられ,立憲派は一時的後退を余儀なくされた(小専制)。これに対し,立憲制擁護・回復の闘いが都市を拠点に全国各地で展開される。…

※「モハンマド・アリー・シャー」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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