モンティ,A.(読み)もんてぃ

世界大百科事典(旧版)内のモンティ,A.の言及

【ピエモンテ[州]】より

… まずトリノ生れのV.アルフィエーリは9歳でトリノ市のアカデミーに入り,イタリア国内はもとより全ヨーロッパを遍歴してロマン主義の文学のうちに身をおき,絶対的な自由を求めて18世紀の末に一連の悲劇を発表し,オーストリアの支配下にあったイタリア人民に政治的覚醒を促した。サルッツォ生れのS.ペリコは同じように憂国の悲劇を著し,モンティやフォスコロと親交を結んで,愛国者として名をあげた。とりわけ,いったんは死刑を宣告され,10年間にわたる獄中の経験をつづった《わが獄中記》(1832)は,独立精神の鼓吹に大きく寄与した。…

※「モンティ,A.」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む