ユスティニアヌス朝(読み)ゆすてぃにあぬすちょう

世界大百科事典(旧版)内のユスティニアヌス朝の言及

【ユスティニアヌス[1世]】より

…首都の近衛部隊長の叔父で後の皇帝ユスティノス1世の養子となる。叔父がアナスタシオス帝の没後皇帝となるや(518),執政官(521),陸軍元帥(525)として政務を助け,共同皇帝に昇進し(527),同年叔父の死後即位,ユスティニアヌス朝(527‐602)を興す。ローマ帝国の復興を政治目標に掲げ,北アフリカのバンダル族(534),イタリアの東ゴート族(552),イベリア半島の西ゴート族(554)を破り,これらの地を帝国領とした。…

※「ユスティニアヌス朝」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む