ユリュク(読み)ゆりゅく

世界大百科事典(旧版)内のユリュクの言及

【ギリシア】より

…この地方の軍政長官ベイレルベイの下に,ティマール制の導入によって領主階級となったアナトリアのシパーヒーがおり(なかにはイスラムに改宗した旧ギリシア人貴族もいたが),その他アナトリアから移住した農民や牧羊者が多く定着した地域もあった。とくにスルタンに忠誠だった牧羊者(ユリュク)は,トラキア,マケドニア,テッサリアの諸地方では,ギリシア人の村々の間に監視役として移住させられた。またスラブ人(おもにブルガリア人)の南下のほかに,14~17世紀にはアルバニア人,ブラフVlach人の諸部族がエピロス方面から南進して,その痕跡はペロポネソス半島にまで及んでいる。…

※「ユリュク」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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