《ライニッシャー・メルクール》(読み)らいにっしゃーめるくーる

世界大百科事典(旧版)内の《ライニッシャー・メルクール》の言及

【ゲレス】より

…青年時代はフランス革命に熱狂し,その信奉者となるが,やがて幻滅を感じ,政治から離れた。しかし,1814年,政治新聞《ライニッシャー・メルクール》を創刊,みずからも反ナポレオンの論陣を張り,解放戦争のもっとも著名なジャーナリストとなる。同時にオーストリア指導下の統一ドイツの立場と自由主義的傾向から,プロイセンの専制にも反対し,新聞は発行禁止処分(1816)をうけ,やがて逃亡を余儀なくされた。…

※「《ライニッシャー・メルクール》」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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