ラケダイモニア(読み)らけだいもにあ

世界大百科事典(旧版)内のラケダイモニアの言及

【スパルタ】より


[中世以降]
 7世紀にスラブ人が侵入すると住民はマニやシチリアへ移住した。のちにビザンティンの小都市ラケダイモニアとして再興されたが,わずかばかり西にミストラがノルマン人によって建設されるとまったく存在意義を失った。その後長くトルコ領(一時ベネチア領)であったが,1830年にギリシアがトルコから独立すると新生スパルタが古代遺跡の南の平地に建設された。…

※「ラケダイモニア」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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