ラタナプーラ(読み)らたなぷーら

世界大百科事典(旧版)内のラタナプーラの言及

【アバ朝】より

…ピンヤ,サガインの両王統が相互に暗殺を繰り返し,ついにマオ・シャン族の干渉を被って崩壊すると,サガイン王統の流れを汲むタドーミンビャーThadominbyaが分散したシャン族の勢力を結集,64年ミツゲー川とイラワジ川の合流点に王城を構築した。これがラタナプーラの雅称で19世紀後半までミャンマーの代名詞として国外にも知られたアバ(アワ)である。アバ朝の歴代国王は,14世紀から15世紀にかけてミャンマー南部のモン族と戦闘を繰り返した。…

※「ラタナプーラ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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