ラダガイスス(読み)らだがいすす

世界大百科事典(旧版)内のラダガイススの言及

【スティリコ】より

…同年にはアフリカでギルドの反乱も起きたが,ギルドの兄弟マスケツェルMascezelを派遣して翌年これを鎮圧。また,401年秋東ローマに抱き込まれたアラリックがイタリアに侵入すると,ブリタニアやガリアから軍勢を撤退させてイタリア防衛に努め,ポレンティア(402)およびベローナ(403)の会戦で西ゴートを退却させ,406年には前年イタリアに侵入したラダガイススRadagaisus率いるゲルマン混成軍を,ファエスラエで殲滅(せんめつ)した。 一方で彼は東イリュリクム問題に決着をつけるべくアラリックを抱き込むが,イタリア防衛のための軍隊撤収はブリタニアでの簒奪帝擁立(407),ゲルマン諸族のライン渡河(406‐407)を招き,イリュリクム進攻計画は挫折した。…

※「ラダガイスス」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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