リピンスキ,K.J.(読み)りぴんすき

世界大百科事典(旧版)内のリピンスキ,K.J.の言及

【ポーランド音楽】より

…民族的で革新的なピアノ音楽を書いたショパンと,民族的オペラ《ハルカ》(1847)と《幽霊屋敷》(1864)を残したモニューシュコはこの時代の代表者であるが,その先駆者に指揮者・教育者としても活動したエルスネルJósef Antoni Franciszek Elsner(1769‐1854)とクルピンスキKarol Kazimierz Kurpiński(1785‐1857)がいる。名バイオリン奏者リピンスキKarol Józef Lipiński(1790‐1861)とマズルカ,ポロネーズなどピアノ曲を残した女流ピアノ奏者のシマノフスカMaria Agata Szymanowska(1789‐1831)も無視できない。19世紀後半にはポーランド最初の交響詩《草原地帯》(1897)を書いたノスコフスキZygmunt Noskowski(1846‐1909)と作曲家・教育家のジェレンスキWładysław Żeleński(1837‐1921),歌曲,ピアノ曲のパンキエビチEugeniusz Pankiewicz(1857‐98),名バイオリン奏者のビエニアフスキが現れた。…

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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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